失敗を振り返りアムスと共に頑張り抜く決意、それこそが合格への第一歩です。
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合格への決意
◆AMS 医学部合格を目指しての決意

S.M.さん 県立太田高出身 日本医科大学在学

「決意」という言葉は、自分にとっては、あまり似合わない言葉である。 自分は元来、物心がついた時から決断力に欠け、周りの人からも、優柔不断な性格だと言われ続けてきた。自分でもそれは認識している。 今まで、なかなか一歩を踏み出すことができず、後悔の念にかられてしまうことが、度々あった。「あの時ああしておけばよかった」と。何度心の中で叫んだことか。その都度自分の情けなさと気の弱さに落胆した。周りの言動に振り回されてしまうこともあった。何事も深く考え込んでしまい、余計な事までアタマに浮かんできて悪い方向へと持っていってしまう自分がいた。
 だからこそ、今自分自身にとって必要なものは、「決意」する力であり、自分の決断に対して自分を持つということなのであると思う。精神的に強い人物にとても憧れる。 そのためには、むしろ、「思い立ったが吉日」というようなスタイルで生きていくことが重要なのであろう。この言葉は自分にとっては、そんな後先考えずに行動したら危険だろう、という感じで据えていた。しかし、そんなことは言っていられない。 勉強に関してもそうである。思い立った時に行動を起こさないと、そのままズルズルとだらけていってしまう。その場の決断力が要求されるのであろう。自分はそれが出来なかった。頭で分かっていても、行動に移すことが出来なかった。
 何にせよ、やる時はやるし、決断する時には決断するということが出来る様になりたいと思う。今年一年も、とにかく一念発起して自分を信じて、心の中で決意を新たなものにして、頑張っていきたいと思うし、精神的にも成長したい。

 

O.A.さん 渋谷学園幕張高出身 日本医科大学在学

私は今まで全てをかけて努力をしきったことはありませんでした。いつも何かや誰かに依存した上で行動している様でした。そのような自分を変える為、今年いっぱいを自分の受験勉強に費やしたいと思います。今回になってこの決断をした理由は二つあります。一つ目は、受験勉強を何としてでもこの一年で終わりにしたいと思うことです。早く次のステップに上がりたいという気持ちばかり焦ってしまうけれど、受験までに力を蓄えたいです。また、二つ目は受験は自分にとって重要な試練だと思うからです。私に限らず、この試練は誰でも出会う機会であると考えます。それは、個人それぞれを取り巻く環境や今まで経験してきた出来事によって変わり、人によってはそれが早かったり遅かったり出会ったりするのだと思います。私の場合、その機会が受験であり、これを乗り越えるまでは決して大人に近づくことすらできないのではないかと思っています。受験勉強をしている間は、友人もできて皆と共にする事と思ってしまいがちだけれど、入学試験を受けるのは自分自身なのだから、実際は、受験は孤独なものだと思います。ただ、きっと現実はもっと大変で、大人になればなる程、さらに孤独を感じることや辛いこと、理不尽な出来事はいくらでも起こりうると思うので、この一年で自信をつけることによって、そのような出来事が将来に起こったとしても、対処してゆける様な自分でいたいです。
 以上のことにより、私は今回、受験勉強をすることにおいてアムスを選び、この九ヶ月間を受験勉強に費やしてゆくつもりです。ハードな毎日で挫けそうになるけれど、それを乗り越えた後、自信を持てるように、またこの生活をした事が一生の宝になる様、頑張りたいと思います。



S.U.さん 県立刈谷北高出身 日本医科大学在学

『わたし』というものは何か、ということだが筆者は、次のように述べている。『わたし』というものは他者の他者としてはじめて確認されるものであり、そのためには、今までやってきた仕事とは別の仕事で他者に認められたい、と人は考える。私は、確かにこの考え方に一理あると思う。しかし、それは、すでに存在している『わたし』に自信をつけるものである。つまり、他者の顔を通さずに、『わたし』が確認されることがないとは私は思わない。では、私にとって『わたし』とは何か。それは、生きている行為自体であると考える。それでは、『わたし』をどう確認するかというと、自分の目標に向かって努力する『わたし』、『わたし』を捜す『わたし』など、確認の仕方も人それぞれに、いろいろある。だから、私は『わたし』と同値である。生きている行為をしっかりと見つめることが大切である。

 

S.E.さん 徳島文理高出身 順天堂大学医学部在学

「決意」とは、意志を決めることである。ぶらぶら散歩をしていて、どっちに行くかを決定することも「決意」と言えないこともないし、人生の重大な選択を決める事も「決意」である。このように、一言で「決意」と言っても、幅広い意味を持つのである。現在、私の中には、ある決意がある。そして、その決意は後者に属するものだ。
 小さい頃から、医師である父を間近で見て育った私は、物心ついた時以来、ずっと医師を目指してきた。しかし、医師への道は、甘くはなく、むしろ大変厳しいものである事が分かった。私は、医学を学ぶための大学へ入学する段階で、足踏みをしなければならなくなったのだ。やはり、受験に失敗した自分を支えているのは、家族や友達、予備校の人々、そして決意である。
 この私を支えていてくれている様々な要因の中で、「決意」というのは非常に大きい。また、漠然とした「決意」ではない。来年は、医学部へ、しかも第一志望に合格するという当たり前の決意だけでなく、去年の自分を振り返った時、様々な反省点に関して決意がある。
 一つは、自分に対して厳しくなるという決意である。振り返ると去年は、とにかく甘かった。何をするにしても、厳しさがなかった気がする。すぐ誘惑に負け、勉強しなければならないと分かっていながらも、テレビ等の誘惑に負けていた。今は、テレビはないが、とにかく、勉強を第一に優先させると決意を持とうと思う。
 二つ目は、競争心を持つという決意だ。去年は高校のクラスみんなで、受験を突破しようという甘い考えだった。大切なことかもしれないが、医学部受験は、そんなに甘くない。人を押しのけてでも、自分だけでもという気持ちがなければ、合格はないと感じた。医学部を受験し、合格するために、決意を新たに、乗り切ろうと思う。



U.K.さん 東邦大付属東邦高出身 東京医科大学在学

私は今年一年間死に物狂いで頑張って、医学部合格を勝ち取ることを決意しました。私は日本大学歯学部を蹴ったのですが、それが良い結果を産み出すように努力しなければなりません。そのためには、勉強面はもちろんのこと、人間としても成長しなければなりません。なぜなら、「私は大学生になる=大人になる」と考えているからです。そして、「大人=何事にも一人前に対処できる」と考えているからです。確かに、勉強方法ひとつを考えてみても、選択問題ばかりをやってみたところで、合格できる医学部もあるかもしれないし、反射神経は鍛えられる。しかし基本は自分の頭を使って、手を動かして、アウトプットすることを学びたい。記述力を養いたい。医師となっても役立つコミュニケーション能力を高めたい。それらを抜きにしては、大学生になってからが苦しいし、常に誰かを頼りにしなければならない。私が目指している職業は医師なので、尚更、「大人」にならなければなりません。 このように私は今年アムスで頑張り、医師になりたいと考えていますが、具体的には次のようなことを年間通して気をつけたいと考えます。まず、物事に対して、常に客観的視点を持つことです。自分はすぐに感情的になり、怒ったり悲しんだりと、起伏が激しいと思います。しかしこれでは医師はもちろんのこと、受験勉強にもかなりの支障がありますし、「大人」ではありません。次に、妥協しないこと、です。やはり貪欲に学ぶべきであり、一皮も二皮も剥けるべきだと思います。ただし、一つのことに集中しすぎることが自分にはあるので、冷静に対処したいです。最後に、信じること、です。疑いをもつことは当然不可欠であり、楽観視は禁物ですが、いつまでも疑って決断を下さないのは下策です。やると決めたら、一直線に突き進み、信じる。これも不可欠だと思います。
 以上三点を自分の精神面の成長のテーマに掲げ、勉強、入試面はアムスで頑張り、「初志貫徹」という、言いたくても言えなかった言葉を合格発表の日に言いえるように頑張ります。

 

F.A.さん 広島工業大学付属高出身 東京医科大学在学

私は、今年一年、医師になるために、学業に専念していこうと思う。昨年の反省としては、まだ医学部受験を甘く見ていたところがあったと思う。受験直前期の平日に2〜3時間、休日に7〜8時間の勉強時間は、今考えればかなり少ないだろう。友達となあなあに過ごしてしまう日も少なくはなかったし、各教科の勉強法もかなり非効率的だったように感じる。しかし、今年は広島を出て、なあなあ友達ととりあえず距離をとった。勉強法に関しては、アムスに依存していくことでなんとかなるだろう。むしろ、アムスに依存することが勉強法のように感じる。勉強に関しては、やる気を継続させてアムスの言うことをきいていけば何とかなると思う。今心配なのは、健康面に関してだ。私はもともと文化系で体は頑丈とはいえないし、季節の変わり目には体調を崩しやすい。病気云々の話を抜きにしても、模試が連続してある時は日曜日が連続してつぶれてしまって、溜まった疲れをとることができないという場合が多くなると思われる。なんにしても、体調管理はしっかりしていこうと思う。
最後にもう一つ、今年一年の決意としてあげるとすれば、「やさしさ」は忘れずに生きていこうと考えている。正直ぶっちゃけてしまえば、最終的にはアムスの友達はみんな「敵」である。でも私としては共存していきたい「味方」でもある。二浪・三浪の人は私には経験豊富な先輩である。また昨年は受験会場で友達がいないから気の紛らわしようがなかったけど、今年はアムスの友達がいる。だから、必要以上に彼らに自分本意な感情をぶつけるのはやめようと思う。

 

I.U.さん 攻玉社高出身 昭和大学医学部在学

決意というものは強い精神の表れである。例えば、身体能力の等しい二人の人間がいたとする。片方は何の決意も持っていない人、もう片方は確固たる決意を持っている人。二人を絶えず続く道程でひたすら走らせ続けたとする。身体能力が同じなだけに精神的な要因が大きく影響してくる。つまり、決意を持っていない人は決意を持っている人よりも断然早く走り続けることをあきらめてしまうのだ。このように決意は強い精神力として人間に大きな影響を与えるのだ。
 だがそもそも決意とは一体何であるのだろうか。漢文では決意のことを意を決める、と読む。意とは意志のことだろう。つまり意志を決めることを決意というのだ。また、決意を持つときに人は大抵何らかの目的を持っている。これから決意が強固なものになるか、軟弱なものになるかの原因を担っている。他にも決意の強弱を決定するものがある。それは個人個人の意志の強さだ。
 意志の強さは決意というものを語る上で重要な要因だ。意志が弱ければ決意はすぐに砕けてしまう。これでは決意はあってもなくてもあまり変わらない。だから我々は決意をする前に砕けない強い意志を持てるようになることが必要だ。この文の第一段階の例のように決意は我々に大きな力を与えてくれるのだから決意を持たないでいるのはもったいないのだ。
 だから今夜、私を含め多くの人達は確固たる決意をするために強い意志を得るために、様々なことに挑戦して、苦しいことでもあきらめない根性をつけるべきだ。そうすることが人々の心を根っこから支えてくれる柱として大きな役割を担い、それにより我々の持つ目的を果たす為の意志が生まれてくるのだから。



K.T.さん 東北学院高出身 日本大学医学部在学

私はこの十ヶ月を、一年後に振り返った時に、胸を張って“やるだけのことは、やった”と言えるようにするつもりである。去年、予備校に通っていた時、ある講師が次のような事を言っていた。「貴方がたが受験を終えてから、この一年を振り返った時に、自分を誇ることができる一年にして下さい。この一年を自信を持って頑張ったと言える一年にして下さい。今、勉強ばかりやっていて、回りの人から格好悪いと思われても、将来この一年は自分の自信になるし、格好いいものに変わっているはずです。逆に、今やらなければ、今はいいかもしれないが、将来、この一年を振り返ってみて、どうしてもっと頑張らなかったんだろうと悩んでも悩みきれない後悔の気持ちが生まれるはずです。しかも、一生に一度しかない一日一日を、ぜんぜん充実してない毎日にしてしまっては、さびしい人生になってしまいますよ。どうか誇れる一年にしましょう。」このことを聞いて、私は、ドキッとし、自分を恥ずかしく思ったことを覚えている。従って、今年こそは、この言葉を聞いて恥ずかしくないよう、この十ヶ月を、毎日が充実した日に、やるだけのことはやったと言えるように。そして将来、この十ヶ月を誇れるように過ごすつもりである。
十ヶ月後、入試の面接試験で“浪人して何を得たか”“浪人生活はどうだったのか”という面接官からの質問に対し、自信を持って“この一年は、毎日毎日が本当に充実した一年だった。自分の中で本当に誇れる一年を過ごして来たと思う。この浪人生活を通して、私は、自分でもわかるぐらい確実に成長しているはずだ”といえるようにしたい。

 

M.K.さん 諏訪清稜高出身 東邦大学医学部在学

私が医師になることを強く決意したのはごく最近のことです。もちろん現役生の頃から医師を夢見ていましたが、その頃の私の考えは甘いという一言に尽きていたのです。私が我を見つめ直し改めて医師になることを決心させたのは小さな新聞の記事でした。四月十六日の朝日新聞のオピニオンコラム、金沢大学附属病院前医院長からの投書が掲載されていたのです。「医師を目指す君に問う」と大きく書かれ、「なぜ医師を目指すのか、なぜ自身の好きな教科を大学で専攻しようしないのか、医師の仕事はつらく、身振るいする程恐ろしい。」当たり前で、そして厳しい言葉が述べられていたのです。どの言葉も充分に返答するだけの考え方と決意を私は持っていなければならなかったのですが、情けないことに答えに窮したのです。コラムに載せられた前医院長の目線は私だけをにらみつけているようにも見えました。
一つ断っておきたいのは心の中に医師になりたいという強い気持ちがあるのは確かでした。それを上手に言語化できないのでした。僕は同じく医師を目指す友人達とこのことを話し、友人の一人から進められて貝田宗介の書いた「現代社会の理論」を読んだのです。その本を読み私の決意は固まったのです。本を閉じたとき私は先進国に生きる我々は罪深いと痛感したのです。我々の生活水準が上がるにつれて第三世界の人々はさらに貧困に身を落とし、死んでいくのです。確かにこれは自由競争経済のしかるべき結果であり、本の中でもそう書かれていますが、私はこれを有効な形でこれに取り組みたいのです。
一人前の医師になり第三世界で医療をしようと決心したのです。

 

T.H.さん 横浜共立女子高出身 東邦大学医学部在学

浪人生活が始まってからまもなく一ヶ月が経つ。ようやくこの生活にも慣れてきたが、来年の医学部合格への決意を述べるにあたって、自分が何故浪人をしているのかについても改めて考えようと思う。
 振り返れば三ヶ月前、私は今年受験した医学部の不合格の知らせを聞いた時、まず始めに涙が出た。そして家族がくれたたくさんのお守りを見る度に期待に応えられなかったことへの悔しさ、更に何よりも最後まで頑張れ切れなかった自分への悔しさが込み上げてきた。私が最後まで頑張れなかった理由を一つ挙げるなら、「医学部へ合格するんだ」という意志の弱さだ。心の中では医学部へ行きたいと言う気持ちはあったが、自分の自信の無さから、周りの人にそのような事を口にすることはなかったし、家族にさえきっぱりと言うことはできなかった。しかし一度目の受験を終えて、やはり私は医学部へ入学し、医師になりたいと強く思った。私が医師になりたいと思った一番最初の理由は、父が医師をして働いている姿を尊敬するからだ。休みもあまりとらず患者の対応をしている父の姿を見て、人に尽くすことの大切さを学んだ。また、中高六年間キリスト教の学校に通い、隣人愛について学んだり、ハンセン病患者の体験談を聞き、深く共感した。このことも、私が医師として働き、人の役に立ちたいという動機になった。誰でも目標がなければ最後まで頑張ることはできないと思う。私は性格が呑気なので、時間が経つにつれて「なんとかなる」という甘えの気持ちが生じてくるかもしれない。しかしそれでは来年もまた同じ失敗をしてしまうだろう。あの悔しさと医師になるという目標をいつも忘れず頑張りたいと思う。
 浪人生活と言えば暗いイメージがまず浮かぶが、もう一度自分を試すことができる、と前向きにとらえ、来年以降も悔いが残らず、誇りに思える充実した一年にしたいと思う。



I.T.さん 国府台女子高出身 東邦大学医学部在学

幼い頃から女医に憧れを抱いていたが,医師になろうと強く思ったきっかけは従妹の病気であった。まだ幼い従妹がアトピーに苦しむ姿を見て,私に何かできることはないかと思い,医師になって病気に苦しむ子供たちを救いたいと強く思うようになった。また,現在世界中に治療をうけられずに死んでいく大勢の子供たちがいる。そうした子供たちを一人でも多く救うために働きたいと思っている。
 医師という職業は,人の命を扱う責任重大なものであり,少しのミスも許されない。そのためにも知識を習得し,最大限の努力をしなければならない。私はアムスに来て,改めて自分の甘さを感じた。今まで自分がどれだけ医学部受験を甘く見ていたのかを思い知った。今の生活はつらく,苦しいものであるが,これは医師となるための第一歩にすぎない。人の命を扱う医師を目指す者にとって,これぐらいの努力をする覚悟はあって当然であるのだと痛感した。医師になって大勢の子供たちを救いたいという願望だけではいけないのだと感じた。また,一年間アムスでがんばることにより自分に自信がつき,身体・精神的に強くなることができると思う。自分の望む医師に少しでも近づくことができるように,これから一年間最大限の努力をしていくつもりだ。

 

N.M.さん 東邦大付属東邦高出身 大阪医科大学在学

「僕は大きくなったらお医者さんになりたいです」 私は将来、医者になりたい。幼い頃から思い描いていた夢である。これは「大きくなったらパイロットになりたいです」というような幼な心の憧れであった。父はサラリーマンだし、親戚に医療関係者はいなかったが、病気がちだった私は、頻繁に行く病院で医者と接し、どことなく神々しく思えたのだろう。 小学生、中学生へと成長して、そのぼんやりしていた憧れも自ら思いを巡らせ、命の大切さや色々な病を持つ人々、一部の心ない医師の存在などを知ってゆく度に私の医師になりたいという気持ちは強くなっていった。人生とは何か、人間は何処から来て何処へ行くのか、私達人間一人一人はこの世界で、この宇宙で、いやこの宇宙が始まってから終わるまでで、なんてちっぽけな存在なのか、自分の人生は自分が死んでしまえば何もかもわからなくなってしまうのではないだろうか。人間はいつか死ぬ。その中で何をしても百年もすれば何も分からなくなってしまう。など、中学生ぐらいの年になると色々と考え不安になることもあった。だが、たった一度しかない人生、いつか終わるのなら、沢山の人達や世の為人の為に生きてやる。一度しかない人生を、少しでも長くいきてもらおうじゃないかと想い、さらに医師への志しを強くした。
 私には、「友を病気でなくして」や「若くして大手術をしてもらって」などの不幸からの動機づけは幸いなことに、ない。そう、これほどまでに固い私の医師になることへの執着は、事件や家柄などで決意したのではない。ただの憧れでもないし親の押し付けでもない、私は私なりに色々考え、ある日気が付いた時には医師になりたいと決意していたのである。

 

E.Y.さん 県立旭ケ丘高出身 大阪医科大学在学

人生においてどんな職業につくかということは重大な決意の一つだと思います。僕は中学の頃から、自分はどんな職業につくのか、少しずつ考えていました。そこで、社会の中で自分がどんな役割を担うことができるのかという視点で考えた結果、自分は、社会に貢献できる仕事に就きたいと思うようになりました。ちょうどその頃、母に耳下腺腫瘍ができ、手術を受けることになりました。良性である可能性が高いと言われていましたが、もし悪性だったらという思いがよぎり、その時初めて母の死ということを意識しました。また、たとえ良性であっても手術後は一過性の顔面麻痺が残ると言われ、とても心配でした。しかし、手術は無事成功し、麻痺もほとんど残らないというすばらしい結果でした。母がまた普通の生活を送れる事がとても嬉しかったです。その時から僕は、患者の命だけでなく、その家族の気持ちも救うことのできる医師になりたいと思うようになりました。
 さらに僕は将来、海外の満足に医療が受けられないような地域で、医療活動をしたいという希望をもっています。そのことを決めたのは、アメリカがアフガニスタンで空爆を行なっていたとき、家をなくした人たちのキャンプ地で医療が満足に行なえない状況を見て、何もできない自分に腹が立ってきたからです。もちろん身の危険もあり、怖くないわけではありませんが、自分で決めたことなので、実現させたいと思っています。そのための第一歩として、医学部に入るために、今、頑張っています。誰でもない自分の居場所を自分自身の力でつかみたい。そういう思いで一年のスタートを切りました。必ず医学部に入ります。



K.T.さん 暁星国際高出身 岩手医科大学在学

私は、今年の七月に二十歳になる。子供の頃に思い描いていた二十歳のイメージは、「大人」だった。しかし、現在の私は、思い描いていたイメージに程遠い。親に頼るだけの浪人生である。なぜ、また二年目の浪人生活を送っているかというと、医師になりたいからである。どんなになりたいと思っても、医学部に入らないと何も始まらない。私は今現在、医学部入学を目指して勉学に励んでいる。世間一般で考えられる浪人生像は、哀れ・可哀想・無駄等の様々である。そのどれもが、否定的な意見であると思われる。しかし、私はそうは考えていない。確かに現役の時どこかの医学部に入学出来、うまくいっていれば現在大学二年生である。来年、私が医学部に入学出来たとしたら、単純計算で、二年も差がある。一人前になっているのが二年違うだけで、患者と接していける時間がどれだけ違うのだろうか。私は時々、こんな事を考えては、どうしようもない気持ちになる。
医者を目指す者として、私はあまりにも必要な知識が不足している。勉強面、マナー、礼儀、一般常識などに疎い。私は浪人という機会を勉強面だけは大幅に伸びました。という様にはならない様、生活したい。
最近よく思うのは、「この人、成績いいけど、なんでこんなに常識無いんだ。医者に向いてないだろう。」って思う人が多いということだ。もし自分が患者だったとしたら、この医者は信用出来ない、という人が多い。私は成績がいくら良くても、それではいけないと思っている。アムスで生活するこれからの九ヶ月間は、勉強は当然の事、私自身が医者に求める常識などを最大限身につける様努力していくつもりだ。

 

F.Y.さん 日大豊山女子高出身 岩手医科大学在学

高校を卒業した年の春に、浪人生活も決定していた。友達はみな進学が決まっていたが、医学部進学者はいなかった。その為、来春の合格をただ漠然と思い描いていた。予備校の授業には真面目に出席していたので、それだけで勉強している気分になっていた。当時は、余裕そうな雰囲気の多浪生に対して「私は、ああいう風にはならないぞ。」と思っていた。しかし、月日は流れて、私は今だに予備校生のままでいる。二年前には、反面教師と見なしていた状態に、今自分自身が堕っている。敗因を挙げてみれば、次から次へと、様々な記憶が脳裏に浮かぶ。
 今年の春に、私はひとつの決心をした。今年で受験は最後にする。絶対に合格するという決心である。受験生なら誰もが心に抱くことであるが、今までの私には、その気持ちを最後まで貫き通すことが出来なかった。まずは、現時点でのやる気に満ちた状態を、最後の試験日まで継続することを課題にしようと考えている。それから、素直に人の意見に耳を傾けることを心がけたい。これまでの二年間の浪人生活を経て得たことといったら、少しばかりの知識と、過信しないという教訓だけである。授業中の講義内容は、復習によって確実なものにしたい。そして、先生方から指摘されたことは、素直に受け止めていきたいと考えている。それによって、合格を勝ち取りたいのである。
 医師を志すようになってからずっと小児科医になりたいと考えてきた。しかし、最近の社会問題などを知っていくうちに、産婦人科医や心療内科医も関心が広がってきた。有望な医師になるためは、大学での勉強は非常に厳しいものとなるだろう。また、学問以外の面でも、学ぶべき課題は多いだろう。
 今年は、これまでにないほど自分に厳しく過ごし、入学して、将来について考えたい。

 

W.H.さん 県立松本深志高出身 福島県立医科大学在学

私は、「浪人」というものは、二重の援助の上に成り立っていると考えられています。一つは私の両親からであり、もう一つは社会からの援助です。私は大学受験に失敗し、浪人生活に入りました。これからの十ヶ月、私は「主体的な」浪人をしていこうと思います。高校時代の私は、勉強というものに対して、とても「受け身」な態度でした。授業中や休み時間に、先生の所へ行って、積極的に質問をすることはまれでしたし、宿題を出されればやるが、自分が分からない事を、自分でつきとめようという姿勢に欠けていました。浪人になったからには、自分の今までの勉強態度や方法を変えて、受験までを過ごしていこうと思っているのです。  具体的には、積極的に授業に参加していくことであり、自分で、自宅に戻ってからする勉強の計画をたてて、それに毎日、忠実であることです。私の目標は、十ヶ月後の受験で大学に合格することであるから、そこまでの課程を、一歩一歩、着実に進んでいこうと思うのです。去年の私は、センター試験で楽に点が取れるようなテクニックで解けても、基本的な問題で点を落としたりしていました。少なくとも今年は、その反省をふまえて、自分の実力の無さを素直に認めた上で、自分の分からない事を、一つ一つ、つぶしていこうと思うのです。
 浪人生活は、前述の通り、二つの援助の上に成っているとも考えています。親からの期待もありますし、合格して医者になった後に、社会に何らかの形で、還元しなければいけない義務もあると考えています。そのためにも今年は、「主体的」に勉強に励もうと考えているのです。これからの十ヶ月間は、大学に合格するために勉強を重ねていく大切な時期であると同時に、自分のこれからの人生における姿勢、方針を決定していく事になる意味でも、非常に重要であると考えています。



K.H.さん 清泉女子学院高出身 聖マリアンナ医科大学在学

私は生まれてから今まで、多くの同年代の人達が経験してきた苦労のようなものを経験した事がない。いつも、自分の目の前にある困難から避けてきた。今までの私だったら今ここにはいないと思う。きっと一年間ずっと勉強するという事に絶えられず、妥協して他の大学に進学していたと思う。私はすぐに物事を何でもあきらめてしまう自分が嫌いだ。「困難から逃げる」そういう人生はもう嫌だ。だから今この受験という事を機に自分を変えようと思う。立ちはだかる大きな困難に自分をまっすぐにぶつけたいと思う。「自分にも努力すればできるものだ。」そういう気持ちになりたい。
 「受験」というのは今までの私にとってみれば大きな困難だ。しかし、これからの私の人生には、きっとさらなる困難が多く待ち受けていると思う。その多くの困難に打ち勝つためにも、いま精一杯努力しなければならないと思う。一つの困難を乗り越えたということで自分自身に自信が持てると思う。これからの困難に対し大きく身構えることができるだろうと思う。そしてまた自分以外の他人に対して大きな目で見ることができるようになると思う。私はそうなりたい。今の私の力ではきっと無理だと思う。しかし、これから先の十年間にわたって、自分のこの十八年間を振り返り、毎日努力して、この気持ちを忘れないでいればきっと可能な事となると思う。
 私はこの一年間この想いを忘れずに過ごしていきたいと思う。自分自身を変えるために、そして自分自身を鍛えるために努力したい。この一年間いかに過ごすかという事が、これから先大きく関係してくると思う。だからこそ、この一年は貴重な物として心して過ごしていきたい。

 

K.N.さん  杏林大学医学部在学

「決意」という言葉は色々な場合に使われる。最近では、イラク戦争だ。今起こっている戦争は、やはり、1991年の湾岸戦争が起点になっている。イラクが湾岸戦争で負けて国連による査察が始まった。しかし、イラクは、査察団の査察を妨害したり、国連にうそをついてきた。アメリカがイラクを攻撃しようと決意したのは、イラクが大量破壊兵器を持っていたわけではなく、9・1が関係している。アメリカは、ここからテロを支援している国を排除する考えになってしまった。
 そして、日本はそのアメリカを支持している。日本が支持しなければいけないのは仕方のないことなのだ。なぜなら、日本は自分の主張をすることが出来ないからだ。日本はこれから先もアメリカと付き合っていくだろう。
 受験勉強でも、試験が始まる何ヶ月前までに、決意することは、勉強をするモチベーションを高めるためも大切なことだ。大学に受かるためには、大学に受かるんだという決意を持ち、勉強しなければならない。勉強は単に大学受験だけでなく、大学に入って卒業してからでも勉強しなければ、大学には合格できない。目の前だけの将来だけのために決意するのではなく、先のことも考えた方が良いだろう。決意をしたことはあまり変えない方が、モチベーションを持続させる。通常、決意した瞬間は、y=x3のようにモチベーションは高い位置にあるが、だんだん低くなっていく。低くなったところで、決意を変えれば、モチベーション一時的には上がるが減少速度が大きくなるだろう。やはり、モチベーションが減少しても、心の中で決意したことを思い続ければ、減少速度は遅くなり、高いモチベーションを維持できるだろう。

 

T.M.さん 白百合学園高出身 東海大学医学部在学

私は今年で二浪目ですが、その理由は自分でもいくつか自覚しています。まず一つは競争心のなさ、あきらめの早さではないでしょうか。受験を経験したことのない私は、周りを意識することもなく、いい意味で平和に育ってきました。二つ目にあげられるのはもちろん勉強不足、そして意欲のなさではないかと思います。意欲というのはもちろん勉強面だけに限らず、物事に対してどこまでも深く追求するという気持ちの強さが足りないのではないかと思います。しかし私は今からでも自分のそのような意識を改善しようと思っています。自らの夢、目標である医者になるということのために、自分の青春を努力に費やそうと決意しました。昔から自分に厳しくしようと思っても上手く行かずに挫折したことも多かったと思います。それは、自分の意志の弱さだけではなく、自分の気持ちに拍車をかける動機や、強制力のなさだったと思っています。正直言うと私は今まで、勉強らしいことはほとんどしてきませんでした。しかしアムスに通い始めて二週間ほどたちましたが、今までの自分の甘さを思い知り、本当の勉強というものが学べたと思います。そしてやる気に満ちあふれているのです。どんなに自分が辛いと思っても同じように頑張っている仲間、いやライバルがいると思えば耐えられることが分かりました。今からは、このやる気と決意を持続することが大切ですが、くじけたり行き詰まることも少なくないと思います。そのような時は、二度の悔しさを思い出し、現在の新鮮な気持ちに入れかえて、何よりも、目標をしっかりと見つめ直すことが大切だと思います。これから約十ヶ月間、この断固とした決意を持ち続けて努力したいと思っています。そしてこの努力というものを将来の自分の基盤にできたらと思っています。



S.A.さん 慶応義塾高出身 東海大学医学部在学

正直焦る。焦る。唯々焦る。焦りは大事だと思う。焦りすぎは良くない。小六の時にこれ以上ない結果を得た。たかだか一年間だけの勉強と情熱だった。ゼロからスタートしたが、最高の結果を得られて少し有頂天になった。そこからは転落の一途だったが、自分はやればできるタイプなんだと考え、大変な勘違いをしていたように思う。やればできると自分に甘えていたが、徐々に気づき始めた。やればできるというのは、皆一緒であり、単に勉強するしかないか、そしてその量と質なんだと。アムスでは自分は明らかに下の方だ。上にいる人達は今までの蓄積に加え、日々努力を重ねていると思う。当然だが。自分達のレベルでは、能力に大差はないと思う。上の人達に勝つには、彼らより頑張らなければならない。もちろん自分の目標はアムスで一番、ではない。そして勉強不振だったこの六年間に決着をつけようと思う。

 

S.K.さん 麻布高出身 東海大学医学部在学

僕は、アムスで残り十ヶ月を過ごす中で二浪の間に感じた己の甘さを捨て、授業からまともな大学生・医学生となるための能力を身に付けて来年の春を喜びで迎える決心です。
僕の甘さは中学受験の前から存在して、中学には入れたもののその後も中学・高校へと僕の中で野放しにされていて、二浪を経てその存在を痛感しました。おそらく僕のこれからの人生でこの甘さとそれにつながる消極性が常に障害となるだろうと感じています。僕は二浪するとき、一年目に遊んでしまったが二年目はその反省があれば自主的な勉強を特に要求される駿台でもやっていけると思っていました。中学受験が家庭教師のおかげだったことから僕は自主的に勉強して合格したいと考えていたのです。しかし、結局のところ甘さに破れ、しっかりと勉強することはできませんでした。大手ではもはや医学部受験は無理だと考えた僕が少人数制の塾の中からアムスを選んだ大きな理由は、他の塾よりも中身が厳しそうだと感じたからです。医学部に入ってからのほうが、医師になってからのほうがもっと厳しいはずなのだから。自分はこれを乗り越えなくてはだめだと思っています。
僕の課題は、このアムスのスケジュールに対しいかに自分の甘さを殺しながら体力を守って事を成し遂げるかということだと思います。


Y.T.さん 横浜隼人高出身 埼玉医科大学在学

私がアムスに入学の「決意」をしたのは三月の中頃である。最初にアムスを知ったのは試験会場のビラや解答速報による。それ以外にも色々な予備校があったが、アムスに決めたのは授業体制が他と異なって少人数だから、質問ができるメリットによってだ。説明会に行き、説明を聞いたら自分の医学部への情報のなさに驚かされた。
 何よりアムスにいく事に決めた一番の要因は、模試の後の解説講義や入試後の解説をやるというところだ。 これまで高校の先生に復習しておいた方がいい、と言われても、たまに数学をやるくらいで全教科を復習するということは、全くやったことがなかったので、活用していきたい。 そして今新たに医学部合格という「決意」が燃えてきている。高校三年の時は漠然と勉強していたが、アムスでは、なぜここをやるのか、何の為にやるかを明確にしてやってくれるので、やる気が違っているのが分かる。
 まだアムスにきて一ヶ月もたっていないが今までの自分の甘さに気づいた。それと同時に変わっている自分を実感している。 これまで質問は授業中にではなく後で聞いていたが、最中に聞かないといけないんだ、という気持ちになっている。他との比較はできないがアムスに決めたのは良かったと思っている。



H.S.さん 東邦大付属東邦高出身 埼玉医科大学在学

私が今決意していることは医学部合格です。そして臨床医になることです。
 私が考えている、理想の医師、良い医師というのは、三つ条件があります。まず一つ目は、能力があるという事。技術や知がとても優れていなければ様々な患者さんを相手にできないと考えているからです。もう一つは、患者を享受できる医師であるということです。患者を受け入れて、決して上から物を見て傲慢になることなく、対等な立場で患者と共に患者の健康を保つ援助をする事ができる必要だと考えています。患者と医師とは別々の人間なので、完全に共感する事は確かにできないと思います。しかし、共感しようとする事で、何か得られるものや患者と接していく時に役立つ事が何かあるはずだと思っています。そのためには患者の話を傾聴することが絶対に必要だと考えています。大きな病院だと時間がなかったりすることが多いのだと思うけれど、とても大切なことだと思います。私はこのような条件の揃った医師になりたいと思っていて、またそのような医師になる事を決意しています。そのためには今よりもずっと人間的な成長が必要だと思うし、様々な経験がいると思うし、していきたいと思っています。



G.E.さん 晃華学園女子高出身 獨協医科大学在学

私は、浪人が決まった三月の初めに一つの決意を改めた。それは、「医学部に今年こそ入って自分の夢である医師への道を切り開くこと」だ。
 この塾に入っている者にとっては、何と当たり前のことと思うかもしれないが、この結論に達するまでには、本当に色々なことに考えをめぐらせた。私が、医師を志したのはもう八年近く前だ。父が祖父の病院を継ぐため、一家で青森から東京へ引っ越した。祖父の病院を物心ついてから初めて見たとき私の心は決まった。しかし、その頃の思いは漠然としたものでしかなかった。
 高校生になり、進路のことについて学校などで言われるようになり、自分の医師になりたいという思いが真実であるかどうか考えるようになった。そのとき、自分の一生の仕事として医師を選ぶことがとても怖いことのように思えた。なぜなら、医師という仕事に就きたいという想いを裏付けするものがなく、何故自分が医師になりたいか、わらなかったからだ。そんな不安定な気持ちの者が医師を志して良いものだろうか。直感で選んでいいのだろうか、と思い悩んだ。一度進路を変えようとも思った。でもそんな時、学校で校長先生の話を聞いて私の心は決まった。「私達は今、本当に恵まれた環境の中で暮らしていることを自覚しなければなりません。そして、なぜ自分達は恵まれた環境に生まれたのか?それは恵まれない人を助けるためです。」
 その時、心から人のためになる仕事をしたいと思った。私が医師になりたいと思ったのは、この理由からだったのだと思った。
 医師になるためには、これから本当に厳しい道が待ち受けていると思う。それは、私の想像をはるかに超えたものだと思うが、自分の信じた道なのだ。迷うことも今まで以上にあるかもしれないが、一歩一歩突き進みたい。

 

I.M.さん 日大三島高出身 獨協医科大学在学

私は、この十ヶ月間、今まで生きてきた中で、最も充実した一年間を過ごす決意である。私は今年で三浪目だが、今まで何をやるにしても中途半端で終わってしまい、苦しい事からいつも逃げ出してきた。毎年毎年今年こそは、と思うけど、自分のその意思も続かないままであってきた。しかし、私も今年で二十歳になり、少しずつ考え方が変わってきた。特に両親に対しては本当に迷惑ばかりかけていると思っている。私は、高校三年生の三月から、虫歯の治療のミスにより、慢性的な神経痛に悩まされた。毎日、ひどい頭痛におそわれて、夜も眠れずに学校へ行くことも多くあった。そんな時、自分はストレスに負けて、親に対して、いつもグチばかりこぼすようになってしまった。それから、二年間、痛みが続いたが徐々によくなって、今ではすっかり治った。両親はそんな時でも、私の話を聞いてくれて、いつも、必ず治ると励ましてくれた。それなのに、いつも私は両親を裏切ってきた。だから、今年は今までのことはすべて割り切って、一生懸命に何事も頑張るつもりである。合格・不合格は別としても。



K.A.さん 立教女学院高出身 獨協医科大学在学

まず、私は浪人生活をスタートさせるにあたって、自分と同じ年で現役合格していった人達に比べて三年分の隔たりを、物理的には不可能ですが、埋めてみせるという程の思いを、浪人生活はもとより、大学に入ってからも、その後も忘れずに持ち続けていきたいと思っています。
そのような思いを胸に、この一年間を過ごす訳ですが、何よりも健康的な生活を大切にしていきたいし、適度に気分転換になるようなことをして、メリハリのある生活を送ることも非常に重要だと思っています。自分の生活を振り返えれば、私は毎朝、40分〜1時間程、犬の散歩をしているので、特に、健康や運動に関しては間違いはないでしょう。又、去年は、勉強、勉強というように生活し、いつのまにか、心にはりがないまま毎日を過ごしてしまいました。これが結構、浪人生活というだけではなく、自分の人生の中の一年として見たときにも、味気なさを感じたし、勉強に対する心意気にも、悪い影響を与えたと思います。浪人生活は、単なる一年間というだけでなく、人生の一コマとしてみることが大切なのだと思いました。
ここまで自分と浪人生活について述べてきましたが、周囲の協力も忘れてはなりません。結果として長くなった浪人生活を送ることになった私を支えてくれている家族、そして、いつもはげまして勇気づけてくれる友人達など、数えきれない程の人々が、私の浪人生活に間接的にかかわっています。勉強をしていると、つい自分だけが頑張っているように思えてくる時もありますが、これらの人達に支えられていることを、絶対に忘れずにいたいし、感謝の気持ちも大切にしたいです。

 

K.N.さん 秀明高出身 愛知医科大学在学

私は、今年受験をし、大学にすべて落ちてしまいました。医学部に行きたいという意志をもっていながらも、目標もたてずに好き勝手に高校生活を過ごしていました。高校の頃は、医学部といってもどこかには受かるだろうと甘い気持ちで過ごしていたためか追い込みの時期に入っても、やるにはやったが受験科目をうまく終わらせることができず、中途半端なまま受験しました。受験が終わり浪人が決まった時、悲しさもありましたが、それ以上に自分に甘かったことの後悔が込み上がってきました。
従って、私は厳しいと聞いていたアムスという塾に行くことを決意し、それと同時に今年一年の目標を立てることにしました。
 一つ目は、自分が医師になりたいという意志をしっかりもち、常に日々努力すること。
 二つ目は、苦手な教科は早めになくし、得意教科をのばすこと。
 三つ目は、他人に迷惑をかけずに元気に生活すること。この三つが今年の目標です。
この三つは成し得るためにはまず、塾に毎日きちんと行き、一日一日を無駄にせずに習ったことは忘れずに吸収することです。また、苦手教科は、毎日少しずつでもやり、わからないことがあれば先生に聞き努力をおしまないことです。また、苦手教科の克服だけでなく得意教科を伸ばすことも大切でこれについては、問題集をやり初めて見た問題などをなくすようにしていこうと思っています。そして他人に迷惑をかけないということがなによりも大切でそのために落ち着いた行動をし、相手の時間を奪うような行動をしないということです。
 目標を達成させることは難しいことだけれど今年こそは、絶対に目標を成し遂げ第一志望の大学に入り、将来の夢である医師に一歩でも近づきたいと思います。

 

W.M.さん  金沢医科大学在学

これからの入試までの十ヶ月間というのは、はっきりいって忍耐勝負となるであろう。それぞれの教材において、その都度やらなければいけないことを示してくれる人がいるのである。そのやらなければならないことを、その時々でこなしていく。これが当たり前の様に聞こえるが、なかなか難しいのである。しかし、最低限のこととしてこれができなければ、受験をしようと思うことの方が間違いないのである。
 私はこの十ヶ月、「やれ」といわれたことを着実に身に付けるよう頑張りたいと思う。あっちもこっちもやろうと、結局どちらもやりこなすことが出来なかったという記憶がある。私は、それ程器用でもないし、色々な物事に対して、他人よりも時間がかかることが多いのである。だから、とにかくこの十ヶ月は指導してくれる方々を信じ、やるべきことをやれるだけ一生懸命やっていこうと思う。
 また、私は自分がどれだけ無知であるか、理解力が乏しいかということを謙虚に受け取めようと思う。はっきり分からないものに対し、分かった気になっただけで終わりにしないで、理解できるまで学習をするように心がけようと思う。
 それから、毎日一通り目を通す程度には新聞をみようと思う。今までニュースなどあまり観ていなかったが、周りの状況をとりあえず知っていることも必要なことかと思った。
 四月の一ヶ月間は本当にあっという間であった。十ヶ月というのも過ごしてみれば凄く短いものだろうと思う。その短い期間の中で自分がどれだけ頑張れるかが勝負だと思う。

 

S.S.さん 県立酒田東高出身 兵庫医科大学在学

私は医学部に入って医者になります。だからそのために、今年一年多くの犠牲を払ってでも勉強に励みます。小児科医として、多くの子供の命を救いたいです。私にとって、本当に本当に試練の一年だと思います。まずとことんできない英語と数学、最近始めた物理を入試で戦える力に少しでも早くもっていかなければならないと思います。私は八月の中頃までが勝負だと思っています。浪人してしまったからには後には戻れません。かといって、妥協して薬学部に行くのは嫌です。だから、毎日朝自分でしっかり起きて、遅刻せずにアムスに来て、しっかり授業を聞いて、復習も授業で100やったとしたら、110にも120にもなるように、随時やっていきます。体調管理も自分でやらなければなりませんが、高校の時鍛えた体力・精神力で必ず医学部に今年一年で合格します。私には来年はありません。今年一年で、どうやったら大学に行けるか、毎日ちゃんと考えて生きていきます。先生の教えにしっかりと従って、とにかく英語と数学と物理を入試で戦える実力にまで押し上げたいです。それと、アムスでできた友人を大切にしたいです。高校の時も友人に支えられたことが多々あったためです。今年一年、修行僧のようには行かないかもしれないけど、そういう気持ちで食らいついていきます。医者になる目標を見失わずに、浪人してよかったと言えるように、我慢の年を過ごします。医者になって、一人でも多くの人を幸せにしてあげたいです。自分の決めた道に妥協せず一年間頑張ります。